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泣きながら一気に書きました

妄言コラムと気儘批評と悪戯短篇小説の巣窟

『THE SOUND OF MADNESS』/SHINEDOWN 『ザ・サウンド・オブ・マッドネス』/シャインダウン

音楽レビュー(HR/HM) 音楽レビュー(ROCK)

Shinedown - The Sound of Madness (Bonus Track Version)

音楽の世界に限らずどのジャンルにおいても、とかく極端なものが持てはやされる傾向にあるが、では極端なものとは何か?

一般にわれわれが「これは極端だなぁ」と思うのは、例えばSLAYERのように「ただ速い」とか、SLIPKNOTのように「見た目が派手」とか、チャゲ&飛鳥のように「見た目がチャゲ」(いや中身もチャゲ)とか、つまりはある種の「やりすぎ感」を前面に出してくるものに対してである(チャゲのせいで一気にわかりにくくなった)。

なぜ極端なものが愛されやすいかといえば、それはキャラクターとして認知しやすいからである。何かしら極端で目立つ箇所が明確であればあるほど、人の記憶には残りやすいという当たり前の理屈である。だからアーティストは誰もが極端な一箇所を作りたがるし、あるいは元から極端な部分を持っていた人だけが愛される。

目立つには極端であること。だがそれは必ずしも「過激」を意味しない。「極端である」という定義の中には、当然「極端に普通である」とか「極端にど真ん中である」とか「極端にストレートである」などというジャンルも勿論成立するはずだ。

というようなことを、SHINEDOWNの新作『THE SOUND OF MADNESS』を聴いて考えた。

この作品、本当に今のアメリカン・ロックど真ん中なのである。しかしクオリティは極端に高い。極端に普通であるならば、極端に質が高いことは絶対に必要だ。逆に質が極端に高ければ、極端に普通でも何の問題もないのである。むしろ余計な小細工など一切必要ない。

METALLICAが『LOAD』を発表した際、「この手の音楽はMETALLICAより他にもっと上手くできるバンドがあるはずだ」と批判しておきながら、当時は該当バンドを見つけられなかった。だが今やその路線ではNICKELBACKが大ブレイクを果たし、そしてBLACK STONE CHERRYやこのSHINEDOWNがいる。先達が試みた音楽的冒険とそれを発展させてゆく後継者という構図に、何だか感慨深いものを感じる。

NICKELBACKのさらに上をゆく、アメリカン・ヘヴィ・ロックの現時点における完成形と豪語して差し支えない名盤。

それにしても、「風邪でダウンした平社員」(別に平でなくても可)のような良いバンド名だと思う。

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