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泣きながら一気に書きました

妄言コラムと気儘批評と悪戯短篇小説の巣窟

『やし酒飲み』/エイモス・チュツオーラ

アフリカの大自然(に対する恐怖)のみが生み出し得るのかもしれぬ奇譚。

展開もキャラクターも能力も、すべてが相当にいい加減な思いつきに従って次々と生み出され、無理矢理編み込まれてゆく。その強引さが魅力であり、民話的でもある。桃太郎がそこらへんの適当な動物連れて行っただけで鬼を倒せちゃう、そんなご都合主義が炸裂。自然な展開など、最初から目指していない。リアリティは、そんな目の前の現実などにではなく、この世界の根底にふてぶてしく横たわっている。

だから、見たことのない食べ物や、未知の生物や、意味不明な状態が頻繁に出てきても、リアリティはまったく損なわれない。いやむしろ、それら遠いものの中にこそ、リアリティは揺るぎなく潜んでいるかのようだ。

ディテールの辻褄あわせを行わない物語展開のスピード感が、あらゆる違和感をすっ飛ばして見せる。各箇所に停車駅を設定してあるように見えて、すべて通過。苦労して駅を作っておいて、各駅停車は走らせない路線。その思いきりの良い駅の飛ばし方が痛快である。「書くべき部分」と、「書くとわかりやすくなるが書いても面白くならない部分」の違いを、非常に心得ている作家だと思った。つまり面白くならない部分は、必要であっても一切書いていない。その切り捨て具合もまたセンスだと思う。

しかし致命的な欠点がひとつ。前半は衝撃的だが後半は慣れる。スピード感も、目が慣れてくると速くは感じなくなるし、珍妙な展開もやがてパターン化してきて先が読めるようになってくる。

これはイントロでぶちかました場合に必ずつきまとうリスクであるように思うが、これほどまでにハイテンションを貫いて見える作品でさえ、後半の弛緩状態を避けられてはいない。

だがそれは、後半で小手先の変化球や構造のいじくりまわし等、読者を苦し紛れに繋ぎとめる手段に逃げず、終始正面から切り込んでいったという勇気の証でもあるだろう。その点は作風に合っていて潔い。

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