泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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短篇小説「フクロウこそすべて」

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 この世のすべてフクロウになったのは、いつからだったろうか。

 ある日、意中の女性とデートしていた私は、一件目の盛りあがりを受けて、彼女を二件目に誘った。だがそこで彼女が発した言葉に、私は衝撃を隠せなかった。

「ごめんなさい、今日はウチにフクロウが来てるの」

 私はフクロウに負けた。

 翌朝、そんな哀しみを胸に出社すると、部下の新入社員が大遅刻してきたので、私はいつも以上に厳しく叱りつけてしまった。そこで遅刻の理由を問いただすと、部下は悪びれることもなくこう答えたのだった。

「家の前に傷ついたフクロウが倒れていたので」

 こうして、この世のすべての「理由」がフクロウになった。今や「理由あり物件」といえば、かつてフクロウが自殺した物件のことだ。

 そもそもこのような新入社員をなぜ入社させたのか。そう考えた私は人事部へと赴き、彼が我が社を受ける際に提出したエントリーシートを見せてもらった。その志望動機欄には、以下のように記載されていた。

《御社の仕事を通じ、全フクロウを幸せにしたいので》

 我が社はれっきとしたIT企業であり、動物を扱う業務はない。だが人事課長に確認したところ、他の就活生もほぼ同じ動機を書いてきたとのことだった。食品、自動車、テレビ局など他業種の友人に訊いても、今どきはそれが常識だと鼻で笑われた。

 家に帰ってテレビを観ていると、近ごろ巷を賑わしている連続詐欺事件の犯人が逮捕されたというニュースが報じられていた。その犯人が語った犯罪の動機が、テロップで画面下に表示されている。

「遊ぶフクロウほしさに」

 こうして、この世のすべての「動機」もフクロウになった。目の前にフクロウをぶら下げられなければ、もう誰も動かない。

 街を歩けば、誰もがフクロウファッションに身を包んでいる。ファッションに疎い私は、今の今までそんなことにも気づいていなかったらしい。そのスタイルは「フクラー」と呼ばれているようだが、どこがどうフクロウなのかは私にはわからない。

 友人の娘の話では、美容室へ行くと、若者はみんなこういって髪型を発注するという。

「フクロウみたくしてください」

 どうりで街中に富士額があふれているわけだ。美容整形外科においても、同様の注文があとを絶たないという。

 こうして、この世のすべての「目標」までもがフクロウになった。

「フクロウとは何か?」あの日から私は、自身にそう問い続けている。

 もしかすると、私の考えているフクロウと、万人がイメージするフクロウは、まったくの別物なのかもしれない。だが富士額であるというところは、どうやら合致しているようだ。「富士額の何か」――今のところ私には、残念ながらそれ以上のことを断言することができない。

 すべての「理由」が、フクロウになった。
 
 すべての「動機」が、フクロウになった。

 すべての「目標」が、フクロウになった。

 つまりすべてがフクロウになった。 

 フクロウが絶滅してから、すでに百年が経過したというのに。


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短篇小説「ことわざ殺人事件」

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 ある冬の朝、都心の路上で、腹部に餅屋の暖簾を被せられた中年男性の死体が発見された。男は一般的な背広姿、目立った外傷は見当たらず、死因は特定されていない。この不可解な死を解明するため、二名の刑事と一人の探偵が現場へと急行した。

 初めにベテランの刑事Aが目をつけたのは、やはり腹部を不自然に覆い隠している暖簾であった。紺色の生地に大きく「餅」とプリントされている。刑事Aは、かしげた首をゆっくりと戻しながらつぶやいた。

「この男は餅屋……なのか?」

 中空へと放たれた疑問を、馴染みの探偵がつかみ取って答える。

「たしかにこの『餅』の字は、餅屋の『餅』でしょう。しかしだからといって、この男が餅屋とは限らない。今どき珍しく『餅は餅屋!』と心に決めて、コンビニやスーパーを選択肢からあえてはじきながら、熱心に餅屋へ通う餅好きの客である可能性も十二分にあるかと」

 探偵の話が終わるのを待ちきれずに、若手の刑事Bが何気なく暖簾をめくった。するとその部分だけワイシャツがめくれ上がっており、あまり毛のない腹部の地肌が露わになった。

「へそ周りがどことなく赤みがかっているようだが……」刑事Aが次なる疑問を口にする。

「おそらくは火傷の跡でしょう。へそで茶を沸かしたとしか思えません」探偵は、事件の鍵を握る重大なヒントを見つけたかのような口調で、確信をもって答えた。「路上には、ガスコンロも電気ケトルもないですからね」

「となると、男は無類のお茶好きか……」刑事Aが無駄に遠い目をして茶畑に思いを馳せている間に、刑事Bが被害者のジャケットの胸ポケットから中身を取り出して言った。

「これは……小判と真珠、ですかね? なんでこんな物を?」

「ちょっと見せてもらってもいいですか?」探偵はまず小判を手に取り、その表面を虫めがね越しに眺めた。「なるほどこの小判には、猫の肉球跡がついてますね。しかも複数の足跡が。つまりこの男は頻繁に、猫に小判をやっていたと見るべきでしょう」

 探偵は続いて刑事Bから真珠のネックレスを受け取ると、それを自らの顔の前でじっくりと観察してから、押しつけるように刑事Bの鼻先へと突き返した。すると刑事Bが突如しかめっ面をこしらえて叫び声をあげた。

「うわっ、なんだこれ? とんでもなく豚くせぇ!」

「そう、男は豚に対しても、頻繁に真珠をあげていたようですね。だが男がこれを持っていたということは、これを豚に単純にあげたのではなく、いったんは渡した上で再び取りあげていたということです。それは小判も同様ですが、つまりこの男の思わせぶりな行動により、彼は猫や豚から大いに恨まれていたと考えられます」

「そういえば男の顔のすぐ横のアスファルトに、何か動物の足跡のような泥がついているのがさっきから気になっていたんだよ!」刑事Aは探偵の言説に触発され、気になっていたことを指摘した。

「よく気づきましたね」探偵は自らの推理に乗せられるように話を続けた。「男の顔の両脇には、二匹の兎の足跡が残っています。つまり男は、二兎を追っていたということです。しかし男が兎の耳を手にしていないところを見ると、残念ながら一兎をも得られなかったようです」

「では猫、豚、兎、いずれかの動物によって、男は殺されたというわけか……」刑事Aがいよいよまとめに入ろうというところに、明らかにその説を推し進めていたように思われた探偵が水を差した。

「いや、それは早計に過ぎるでしょう。たしかに動物たちが男に攻撃を加えた可能性はありますが、男には致命傷になり得る外傷は見当たりません。それよりも……」

 と言って探偵は、閉じられていた男の目をこじ開け、眼球をペンライトで照らし出した。

「この圧倒的な目の潤いを見てください。この男は間違いなくさされています!」

「刺されたって、いったいどこを刺されたって言うのかね? さっき外傷は見当たらないって言ったばかりじゃあないか」刑事Aが当然の疑問を投げかける。

 探偵はその疑問を待ってましたとばかりに、池上彰が「いい質問ですね!」を繰り出すときの満足気な表情を浮かべて言った。「『刺された』のではなく、『差された』のですよ。その証拠に、ほら、すぐそこのマンションの二階の、右から二番目の部屋を見てください。窓が開いているでしょう」

「???」頭に疑問符が浮かびまくっている刑事二人に対し、探偵は説明の対象をひな壇の劇団ひとりから坂下千里子に変更したときのように、噛んで含めるような調子に切り替えて説明を続けた。

「つまりこの道路脇に建っているあのマンションの二階から、動物ではない何者か、すなわち人間が目薬を垂らし、それが男の目に見事命中したというわけです。というわけで、死因は目薬に含まれた毒による毒殺。犯人はマンションの二階のあの部屋の住人ということになります」

 探偵の解説を聴いた二人の刑事は顔を見あわせ、どちらからともなく深くうなずきあった。やはりことわざを混ぜ込まれると説得力が段違いだ。もともと国語が大の苦手だった二人の刑事は、改めてそう感じていた。

「よし、じゃあさっそくマンションの二階の、右から二番目の部屋に突入するぞ!」息巻いた刑事二人が、元気よく駆け出してゆく。

 そののち、本件は自殺として迅速に処理された。

短篇小説「縁起者忙殺録」

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 幸介はとにかくかつぐ男だ。どれだけ重いものをかつぐのかといえば、彼のかつぐべきその総重量は甚だしく大きいと言わざるを得ないだろう。そう、彼は縁起をかつぐ男。成功体験の数だけ、かつぐべき縁起がある。

 幸介は自身を幸福へと導く縁起を、それはもう起きた瞬間からかつぎにかつぐ。彼は起床時には、必ず左目から先に開けると決めている。

 これはけっしておかしな話ではない。縁起をかつぐからには、必ずそれだけの理由がある。幸介が左目から目覚めるようになったのは、彼がすこぶる楽しみにしていた小学校三年の運動会の朝、彼が早すぎる目覚めの時にたまたま左目から開いたことにより、天気予報の降水確率70%を覆す嘘のような快晴に恵まれたからだ。

 もっともそれは、彼の右目が前日発症したものもらいで開きにくかったという、のっぴきならない事情によるのだが。本当なら毎朝ものもらいをもらいたいところだが、そうもいかないため幸介は毎朝ものもらいを演じて目覚める。

 まずは左目を開き、次いで重たげに右目をゆっくりと開く。これが実は難しい作業であることは、それが目覚めの際に行われる行動であることを考えればすぐにわかるはずだ。何しろ睡眠状態から意識を取り戻した瞬間には、すでにもう縁起をかついでいなければならないのである。

 そう考えてみると、両目を開けてから「起きた」とようやく自覚する人間のいかに多いことか。そんな愚鈍なことでは、たいした縁起などかつげない。

 幸介がベッドから起き上がる際には、必ず「ワン!」とひと声あげてから立ち上がる。これは第一志望校の高校受験前日から当日の朝にかけて、幸介が犬として雪の中を元気に駆けずりまわる夢を見たためである。その日の試験問題に、「西郷隆盛」「徳川綱吉」「犬養毅」といったドッグフレンドリーな人々が出題されたのは偶然ではないだろう。

 彼がその高校に合格したことは言うまでもない。そういえば授業中、よく校庭に野良犬が乱入してくるタイプの高校であった。

 幸介は顔を洗う際に、必ず右手小指を鼻の穴に突き入れる。それは中二のバレンタインデーの朝、顔を洗っている最中にたまたま右手の小指が鼻の穴に突き刺さってしまい、そのおかげで初めて好きな娘からチョコレートをもらえたからだ。

 しかしその一撃によって朝から鼻血を噴出させた幸介は、鼻血こそいったん止まったものの、とてもデリケートな鼻粘膜の状態で登校することになり、放課後に意中の娘からチョコレートをもらった興奮でそのかさぶたが決壊。ちょっとした騒ぎになった。この話はのちに「血のバレンタインデー」と呼ばれ、いまだに母校で語り継がれているという。

 「とはいえ鼻血が出てしまっているのだから、これはかつぐべき縁起ではないのでは?」と思われるかもしれないが、幸介の中で「好きな娘からチョコをもらった」という事実がもたらす幸福感は鼻血によるマイナス値をはるかに上回っているため、「鼻血が出ない程度に指を入れる」という落としどころをもって、これは縁起の良い行動と認定されている。
 
 そして顔を洗い終えた幸介は掛け布団を五角形に畳み、やかんでいったん沸かした湯を全部捨ててから、もう一度沸かした湯でコーヒーを淹れ紅茶を淹れもう一杯コーヒーを淹れ、一杯目のコーヒーに砂糖をスプーン三杯入れてから二杯目のコーヒーにミルクをたっぷり投入、トースターでパンを一枚焼いてから、それが焼き上がったころに焼いてないほうのパンを何もつけずに一枚食べ、それを食べ終わったところで焼いたほうのパンを取り出してバターといちごジャムをたっぷり塗りラップに包んで冷凍庫へ、ここで東北東の方角を向いてすっかり冷めた紅茶を一気に飲み干し、二杯のコーヒーをひとくちも飲まないままシンクに流して六十秒間目を閉じる。

 この先も家を出るまでにかつぐべき縁起などいくらでもあって、そのせいで起きてから出社するまでに三時間はかかってしまうというのが、幸介のちょっとした悩み。


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耳毛に憧れたって駄目―悪戯短篇小説集 (虚実空転文庫)

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