泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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短篇小説「壊れかけ包囲網」

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崩彦の家では何もかもが壊れかけている。

朝から洗濯機が妙な音を立てて。それでも槽はぎっこんばったん回り続け、やがてピーピー叫ぶので蓋を開けてみると、中はこんもり泡まみれ。逆に動作がすっかり止んでもまったくピーピーしない際にしびれを切らして蓋を開けてみると、すっかりすすぎは完了しておりしたり顔。

となると「ピー音が鳴るときは失敗、ピー音が鳴らないときは成功」という新ルールを人ならばつい打ち立てたくなるところだが、相手は空気の読めぬ機械。やはりそうひと筋縄にはいかず、「終了音が鳴らないうえに泡まみれ」という最悪の事態に見舞われて。

すべては洗濯機のご機嫌によるとしか言いようがないのだが、とりあえず三割台後半くらいの確率ではしっかり洗えているので、壊れていると割り切って修理に出すことも憚られ。なにしろ三割台後半といえば、プロ野球であれば首位打者のタイトルを充分に狙える打率。四割に肉薄するイチローを「壊れている」と認定する人はそれこそ壊れている可能性。

首位打者争いを繰り広げるシュアなバッターをスタメンから外したりしようものなら、監督はファンから無能のそしりを受けること請け合い之介。

もう六年間使っているスマホは、充電できているのかできていないのか不明瞭の極み。フル充電の状態から、同程度の使用環境で一日持つこともあれば一時間でストンと落ちることも。

つまり充電池の残量表示が頻繁に嘘をついているというわけで。まだ腹が減っているのに強がって腹一杯だと言ってみたり、なぜ痩せたいのかは知らぬが炭水化物廃絶ダイエットを試みているがために、急激なスタミナ切れを起こしてみたり。

だが考えてみれば、人間もまた「不意に腹が減る」ということが少なからずあり。「さっき食べたばっかりなのになぜ?」と自らの満腹中枢に疑問を感じながらもう次の何かを食べる食べる。あるいは消化不良による胃もたれにより、充電満タンなのにロクに動けず。「フル充電=胃もたれ」と考えてみれば、むしろ充電直後にハードな使用は控えたほうが良いとすら言い出しかねず。

いずれにしろ「最近よく急に腹が減るんだ」と報告したら、田舎のおばあちゃんは「元気でなによりだねぇ」と満面の笑み。むしろおばあちゃんの手料理を食べきれなかったときのあの後ろめたさを思い起こせば、充電などすぐに滅却したほうが皆を幸せにできるとすら。

テレビは映るがチャンネルが変えられぬ。HDDに録画は出来るが再生はできず録画物は溜まる一方。パンツのゴムは伸びきってポロリズム。クラリネットはドとミとソの音が出ない仕様。

この家では何もかもが壊れかけていて。だが壊れかけたものが完全に壊れることはなく、それらは永遠に壊れかけたまま。ただし非常用に買っておいたラジオだけは、未使用のまますでにどうしようもなく壊れているのだが、幸い非常時がいまだ訪れておらぬため崩男はまだそれに気づいていない。

気づかねばそれは壊れていないも同義。


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短篇小説「優しさはチャージのあとで」

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本田優夫はすこぶる優しい男だから、ぶん殴った相手には絆創膏を多めに渡してやるのが常だ。リクエストさえあれば、そのうえで相手をひっしと抱きしめてやってもいいとすら思っているが、その場合はもう一発殴ることになる。もちろんその後に渡される絆創膏は、さらなる増量が期待できる。

絆創膏を渡すだけでなく、せっかくならば貼ってほしいというご要望があれば、優夫はそれにすら応える用意がある。絆創膏を貼ってあげた場合は数日後、絆創膏の下でかさぶたがちょうどいい具合に固まりはじめた頃を見計らっていま一度会い、すっかり一体化したそれを思い切り剥がすというオプションが自動的についてくる。どこまでもアフターサービスの行き届いた男なのである。

相手を車で意図的に轢いてしまった場合は、轢いた車を轢かれた相手にもれなくプレゼントすることにしている。勘違いしないでほしいのだが、優夫が乗っているのはけっして安い中古車などではなく、轢くのならば外国産の新車でと決めている。もちろん、交通安全のお守りつきであるあたり、その優しさは徹底していると言わざるを得ない。

ふと立ち寄った喫茶店でまずいコーヒーが出てきたら、優夫はまずそのコーヒーを淹れた髭のマスターを呼び出し、彼が身につけている純白のワイシャツにそれを思う存分ぶちまけた上で、そのシャツを即座にクリーニングに出してやる。これもまた平凡なクリーニングではなく安心のロイヤル仕上げ、かつひのきの香りをトッピングして自宅まで送り届けられるという至れり尽くせりっぷりである。

それでも優夫はいつも本当に、もっと優しくなりたいと考えているから、現状における自分の優しさにけっして満足などしていない。優夫がより優しくなるためにはまず、より優しくされたい状態にある人を、つまり傷ついた人間を量産する必要がある。彼にとって暴力とは、純粋に優しさを呼び込むための装置。


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耳毛に憧れたって駄目―悪戯短篇小説集 (虚実空転文庫)

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虚実空転日記「サバといつまでも」

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騒音おばさんがじっくり煮込んだサバの味噌煮をご近所の玄関口にぶちまけたころ、著名なジャズマンは中学生ドラマーのドラムスティックを豪快に放擲していた。『ガリガリ君』のあたり棒の次に大切にしていたスティックを取り上げられた中学生は、素手によるドラムソロを続けることによりジャズマンの怒りを増幅させ、ジャズマンの往復ビンタを食らう。

ステージ脇にいた同じジャズマンであるところのKワマンは、そんな衝撃的シーンに目を奪われている間にまたしても自らのセカンドバッグが盗まれていることに気づく。セカンドバッグを盗まれてしまったら人間、ジャズどころではない。

玄関口に放たれたサバの味噌煮の第一発見者は、もちろん近所の野良猫である。思いがけぬ大好物の登場に猫まっしぐら。結果的に騒音おばさんと猫の間に、はからずも「Win-Win」の関係が成立する。猫にとってこれは僥倖以外の何ものでもなかった。

やがてKワマンのセカンドバッグが顔を黒く塗った何者かによって交番に届けられる。交番に呼び出されたKワマンが中身確認のためバッグを開けると、中にはサバの味噌煮だけが詰まっている。入っていたはずの印鑑も通帳もスマホも見当たらず、しかしサバの背の光りがメールの着信を知らせているようにも思える。

中学生への指導を終えたジャズマンが家に帰ると、隣家から大音量で女性ボーカルのJ-POPが聞こえてくる。ジャズマンはジャズマンだからJ-POPのことはよくわからないが、耳障りであることは間違いない。先ほど思いがけずビンタを繰り出した右手はいまだ熱を帯びている。

しかし先ほどは明らかにやりすぎた。このうえ近隣住民にまでビンタを浴びせるわけにはいかない。なんとか自分を抑えるために、そして音には音で正々堂々と対抗するために、ジャズマンはケースから愛用のトランペットを取り出す。そして力強く吹く。

ところがドとミとソの音が出ない。いやそれだけでなく、どれだけ吹いてもあらゆる音が出ない。不審に思ったジャズマン、明らかな異変に首をかしげつつトランペットの吹き出し口をのぞいたら、サバの味噌煮がギッシリ。


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